英語講師としての成長をめざし、無謀にも学問の世界に飛び込んだ中年大学院生(修士1年)のブログです。日々減退する記憶力と分刻みのスケジュールと戦いながら、明日を目指して七転八倒中。更新は超不定期、あしからず。
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さ・む・い〜

今日の南国は積雪7センチ。
上空に−30℃以下の超強力寒気団がいらっしゃった関係で、
今日積もった雪は、南国の雪には珍しく
踏みしめると「キュキュ」と鳴りました。
南国の雪は水っぽいのが普通なのです。
今日がいかに寒いかが分かりますねぇ。

そんなチョー寒い南国から
寒い話題を二つほど。

その1
朝から雪が積もっているのを見て
歓声をあげた子どもたち。
一番喜んだのは日ごろ沈着冷静なしぇてぃ。
学校では、「雪の結晶を見る」ために外に出て
そのまま雪合戦したそうで。

そして、我が家の絶滅危惧種「小学生」であるゴン太郎。
パジャマ一枚にはだしでサンダルつっかけて庭に出て行き、
足跡をぺたぺたつけて回ったところまでは小学生でした。
しかし、
「今日は早く行かないと、運動場の雪で遊べないよ。
 みんなが登校してきたら、雪がなくなっちゃうでしょう?」
と言った母に、ゴン太郎くんは

「いや、そういうのはもういいし。」

え〜そうなの〜??
小学生男子って言ったら、
雪が降ったら雪合戦とか雪だるま作りとか
全身びしょぬれになっても雪で遊びたくてしかたないお年頃でしょ〜?
朝ごはんもそこそこにダッシュしていくのが
正しい小学生男子ではないのかい?

「いや、寒いし。べつにどうでもいいし。」




・・・母、なんとなくブロークンハート。


その2

意外に冷静なゴン太郎とは対照的に
やけにはしゃいでいたのは元祖KY舅さま。
ゴン太郎のようにサンダルをつっかけて庭をうろうろ。

そして家の中に入ってくるなり、
「おぉ、メガネが曇った。なんも見えん。
 ほら見て御覧、私のメガネ。」
と大喜びでみんなに見せて回るわけ。

突っ込んでもいいでしょうか  小学生かっ!

そして、弁当に夕食の準備にバタバタと走り回っている私のところに
舅さまは嬉しそうにやってきました。

「Keiさん、これを開けたときに見えるようにしてくれんね。」

彼の手には携帯電話。
なんと舅はいつの間にか携帯で写真を撮る技を身につけ、
庭の雪景色を写メったらしい。
機械オンチの舅さまにとっては奇跡の進歩です!
そして「開けた時に見えるように」というのは、「待ち受けにしてくれ」
という意味でした。

「いいですよ。」と答えてスチャッと舅さまの携帯を開けたら


開けたら



なんと、携帯の待ち受け画面になっていたのは












花をバックに微笑む舅さまのドアップ!!!













待ち受けはご希望通り、庭の雪景色にしてあげました。










朝から、いろんな意味で寒かった・・・・

成人式
成人おめでとう♪ 

日差しこそ少ないものの、
おだやかな成人式を迎えました。
母が仕立ててくれた振袖。
私と妹がこれを着て成人の日を迎えました。
喜んで着てくれてありがとう、のってぃ。
キミの未来はどこにつながっていくのかな。
2010年スタート

って、もう2010年がスタートしてから1週間以上経ってました。

今日から子どもたちは学校スタート。
日本語学校と英会話スクールも始まりました。
いきなり中国人学生に一発かまされましたが、
大丈夫、そんなことでめげたりはしないのだ。

今年の初夢は、子ども英語クラスの保護者会で
保護者の皆様につっこまれているという
現実になったらチョー怖い夢を見てしまいましたが、
その子どもクラスも今日からスタートです。
2月になったら保護者会・・・
夢が現実とならないよう、頑張らねば。

大学院は来週から本格的に授業が始まります。
2年生に向けて問題山積み、
さらにレポート課題も早々に山積み。
いや、「年末年始に少しでも進めておきましょうね。」という
先生方の温かいご配慮なのですよ。
それなのに私の年末年始ときたら
忙しさのビッグウェーブにのみこまれ、あっという間に終わってしまいました。

今年もやばそうだなぁ・・・

今年も超不定期更新は変わりそうもありませんが、
皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

イケメン

ゴン太郎、12歳。
いつまでもお子ちゃまだなんて言わせない。

身長もすでに150センチを超え、
声こそまだあどけないものの、
スキあらば、と仕掛けられる
姉や父母の”ムギュー”攻撃を巧みにかわすテクにも
一層の磨きがかかる今日この頃。

大人の男に向かって順調に成長しているわけさ。

そんなゴン太郎が
子どもの時代の最終章を彩る思い出の一つ
小学校の修学旅行に行って
自分のために買ってきた唯一のお土産。


長崎出身の博多ラーメン


いや、
キミ、修学旅行は長崎でしたよね〜
いかに麵好きとは言え、
長崎で買うなら普通ちゃんぽんだろ〜
長崎で博多ラーメン買わねーだろう〜

家族の総つっこみに必死で反撃するゴン太郎。



「だって、○○くんも××くんも買ってたよ〜。」


嗚呼、小学校6年男児・・・・

1か月以上前の話ですが

のってぃ、20歳おめでとう!

10月の下旬でした。
のってぃ、20歳のバースデーケーキ。
マロンロールケーキ、中のマロンクリームもふくめて
100%母の手作り♪
チョコきのこが多すぎるのは、妹と弟の愛♪
(デザイン的にはどうかと思う)

そして誰よりも早くのってぃの20歳を祝して
納付書をお送りくださった社会保険庁様
ありがとう、




が、がんばって年金払うです・・・・

学会終了

アトラクションのエイサー

 
先週末、沖縄で行われた学会に参加してきました。
初参加にして発表でびゅー、修士1年生で。
どう考えても無謀のオンパレード、
しかも仕事しながらだし。

という言いわけから始まるのって、いつもの私の悪いクセですよねぇ。

土曜日、仕事を終えてから福岡まで移動し、
夜の便で沖縄へと出発したのですが、
パワーポイントとハンドアウトは出来ていたものの、
肝心の発表原稿が途中までしか出来ておらず、
JRの車内と、飛行機に乗ってからも
なりふりかまわず資料と辞書を広げてひたすら原稿を書き続けました。
那覇到着10分前に何とか下書きが完了した原稿は、
そのあとホテルで、先生に真夜中過ぎまでつきあっていただいて
修正・加筆。
いったんお風呂に入ってから清書に取り掛かったものの、
自分が書いてる字が読めなくなって2時過ぎに断念。
5時に目覚ましをセットして眠り、
朝食時間までになんとか間に合わせました。

本番は午後一番。
会場の沖縄国際大学の学生さんたちが
お昼の休憩時間にエイサーを披露してくださったけれど、
心ここにあらず、状態の私。
出るのはため息ばかりでした。

覚悟を決めて始めたプレゼンは、
タイムキーパーのミスで、予定時間より5分も早く終了を宣言され、
あわてふためいてアドリブで残りをしゃべったため、
かなり意味不明のまま終了(泣)
目の前に時計があったのに、タイムキーパーの間違いに気付かないほど
テンパっていたため、不覚をとりました。

のんびりかっかさんも書いて下さってましたけど、
修士一年でこんな機会を与えられたのは
本当にラッキーなことでした。
結果、自分の至らなさを痛感したし、
何よりも先生にずいぶんとご心配をかけてしまったし、
反省点は山ほどありますが、
貴重な体験をさせていただきました。
ホントによかったです。
沖縄、暑かったけど、泡盛も沖縄料理も美味しかったし♪

次の学会は北海道がいいな←ボカッ!!

しばらくお休みします

お休み、と改めて言い切るのもおこがましいほど
更新頻度の低いブログですが・・・

曲がりなりにも前期の授業が無事終了したことに味をしめ、
後期は履修するコマ数を増やしたところ、
後期の授業はどれも前期にも増して厳しそう!
そして、先生に勧められるままに「どうせダメだろう」と
軽い気持ちで応募した学会での発表が
決まってしまいました(T_T)
しかも英語で発表、と・・・・

何でしょうかねぇ、自ら災いを招き寄せて
どうぞどうぞ、と自宅に迎え入れて
ごちそうしてお布団も出してあげて
「遠慮せずに長逗留してねっ」的なこの性格…

そして、本日さらに追い打ちをかけるような出来事発生!

最強の姑、まさかの入院です。
一応検査入院の予定なのですが、
結果次第ではしばらく入院することになるかも。
姑は意外に元気ですが、
家に置き去りにされる舅さまのお世話が頭イタイ。

 ・・出来れば一緒に入院していただきたい

取りあえず身の回りのことは自分で何とかするそうですが、
落ち着くまではバタバタしそうです
(しかも病院は結構遠い、とくる)

そんなこんなでしばしお休みさせていただきます。
11月下旬の学会が終わったら戻ってまいります。
それまで皆様、お元気で〜

夏休み終了

9月も今日でおしまい。
明日からは大学が始まります。

実質1月半くらいのお休みの間に
あ〜んなことや
こ〜んなことや
そ〜んなことも
出来るはずだったのに


だったのに・・・・




とりあえず、出来てないことには目をつむって
(つむっていいのかっ?!)
前を見ましょう、前を。
さらにサバイバル度を増す後期の中年大学院生生活、
人生の荒波に立ち向かう主婦Keiは
果たして無事に生き延びられるか!?
一口1000円で賭けてみますか←ボカッ!



さて、そんな綱渡りの生活を目前に控えた先日、
母Keiはゴン太郎を病院へ連れて行きました。

朝から
「今日は予防注射に行くから、
 帰りは事務所に寄りなさいよ。」
とさんざん言っておいたにもかかわらず、
事務所の前を小学生の一団が通り過ぎたあとも
ゴン太郎は来ない。

しばらくたって息を切らせて走ってきたゴン太郎に

「忘れてたんでしょ?」
と聞くと
「・・・うん」

「忘れてうちに帰っちゃったんでしょ?」
「うん」
「うちに帰ったら、おばあちゃんに
 『あら、もう注射は終わったとね。』
 って言われたんでしょ。
 それであわてて飛び出してきたんでしょ。」
と言うと、
ゴン太郎は唖然とし、そのあと


「お母さん、なんでそんなことまで分かると?」

と、気味悪そうにつぶやいたのでした。



ほーほっほっ!
ゴン太郎の母となって12年、
花と嵐を乗り越えてきた母の眼力は
すでに千里眼の域に達しておるのじゃよ。

答えのない疑問

「人間は考える葦である」と言ったのはパスカルだったか。

太古の昔から、
人はいろいろなことに疑問を持ち、考えてきた。
疑問に対する答えを探求した人たちは科学者となり、科学を発展させ、
答えのない疑問に答えを求めて自らの心の深淵に降りて行った人たちは
哲学を発展させてきた。

そう、
人とは疑問を持つ存在。

そして
その疑問にはいつも必ず答えが用意されている
とは限らない。

寄せては返す疑問の波に洗われ、
時にはその波にのみ込まれてしまう人間とは
なんと小さな存在であることか。



そんなちっぽけな主婦Keiの頭を
今朝から悩ませている大いなる疑問



それは











最強の姑の今朝一番の鼻歌が











軍艦マーチだったのはなぜっっ???

古い写真
 

2歳の七五三



「先生の紹介カードを作りたいので、子どもの頃の写真を下さい。」
日々の忙しさに取り紛れてすっかり忘れていたけれど、
勤務先の英会話スクールでそう言われていたんだっけ。
早く持って行かなくちゃ。

久しぶりに子どもの頃のアルバムを引っ張り出した。
今まではあまり意識していなかったけど、
こうやってみると、小さい頃の写真は白黒ばかりだなぁ。
テレビも写真も、カラーが当たり前になったのは小学生になってからだったような。
第一、今のように日常的に写真を撮るということはあまりなかった気がする。
写真を撮るのは特別なことで、カメラの前に立たされると私はいつも緊張した。
今でも写真を撮られるのはとても苦手だ。

そんな時代だったけれど、
私の古いアルバムには白黒のスナップ写真がたくさん貼られている。
エンジニアだった父は機械いじりが好きで、
家には露出計があったし、押入れを改造した暗室まであって、
父は撮った写真を自分で現像していた。

父に抱かれた写真
子ども用の椅子に座って得意げな写真
2歳の誕生日の写真は、白布を張った前に家族が並んだカラー写真
父は目をつむり、素敵な帽子をかぶせられた私は
母を見上げて何かを話しかけている。

生まれてから2歳までを、私と両親は父の田舎で過ごした。
山間の小さな村のだたっぴろい家は、
冬には干すそばからおむつが凍るほど寒く、
写真の中の小さな私は、
ネルのチャンチャンコや毛糸の靴下を身につけ、
どこから見ても立派な田舎の子ども。
店らしい店もない田舎だったので、
着るものはすべて母の手作り。
おもちゃも母の手作りだった。

写真に写っている父と母は
今の私よりもはるかに若い。
裕福な暮らしではなかったし、
農家に嫁いだ母には大変なことがたくさんあったはず。
それでも写真の中の父と母は、
幸せいっぱいに微笑んでいる。
古い写真に書き添えられた母のメモの1字1字から
赤ちゃんを授かった若い母親の喜びが輝きだしてくる。

アルバムを見ているうちに
ふいにポロポロと涙がこぼれた。

ああ、私はこんな風に喜ばれてこの世に生まれてきたんだ。
こんなに愛されて大きくなったんだ。
私は両親にたくさんの幸せをプレゼント出来たんだ。

いろんなものにつまずきながら
いろんな人に迷惑をかけながら
やっとの思いで過ごしている人生だけど、
ゲームをリセットするように人生をリセットできないかと思うこともよくあるし、
自分の無能力さにほとほと嫌気がさしてしまうこともしょっちゅうだけど、
このまままっすぐ前を見ててもいいのかなぁ。
このまま生きていっていいのかなぁ。

なんだか背中を支えられている気がした。